アールブリュット -生(き)の芸術-

「人知れず表現し続ける者たち」(Eテレ・7月19日放送)というタイトルが気になって録画しておいたものを最近やっと見ました。精神障害を持つ日本のアーティスト達の特異な表現を追ったドキュメントです。

2017年秋にフランス・ナント市で開催された日本人のアールブリュット展(NHK Eテレ)

それらの作品は「アールブリュット=生(き)の芸術」というジャンルで呼ばれ、もとはスイスの精神科医療を受けている患者さんたちの描いた絵を、フランスの画家が注目したのがきっかけです。「伝統的な美術教育や権威、流行などに影響されず、自身の衝動のままに表現された造形芸術」といわれています。そんな定義が必ずしも定まっているというわけでもなく、日本では障害者によるアート作品というイメージが定着しているようです。

私はこの仕事をしていて、はずかしながら「アールブリュット」という言葉さえ知らなかったので、さしあたり日本の状況を調べてみることにしました。すると、まず戦後日本の障害者福祉を切り開いた第一人者・糸賀一雄という方に行き当たります。この方が運営していた障害児施設(近江学園)での作業療法として、地元滋賀県の地場産業「信楽焼」(しがらきやき)にちなむ造形活動が源流のようです。精神障害者の作品が主流の海外に対し、日本では知的障害者の作品が多いことが特徴です。

さらに時代が下ると、あの有名な山下清が出てきます。彼は1930年代後半から60年代に活躍しましたが、「放浪日記」の書籍をはじめ、「裸の大将」として映画やテレビドラマになるなど、日本中のブームにもなったほどで、あらゆるメディアで取り上げられました。

彼は12歳の頃、知的障害児施設「八幡学園」(千葉県市川市)に預けられ、そこで「ちぎり紙細工」に出会います。これに没頭していく中で磨かれた才能が、学園の顧問医だった式場隆三郎(精神科医)の目に止まり、式場の指導を受けることで一層開花していきました。私が当時小学生だったころ、母が彼の書籍を見せてくれましたが、私はすぐに山下の世界に魅せられてしまい、しばらくはちぎり絵遊びに没頭していたのを思い出します。

式場隆三郎らの縁で世界的に有名になったもう一人の芸術家に草間彌生がいます。彼女は少女時代から統合失調症を病み、襲いくる幻覚や幻聴から逃れるために、それらの症状を描きとめる絵を描き始めたといいます。こちらはあらためて説明するまでもなく、その話題性たるや「超」がつくほど有名で、知らない人はいないかもしれません。ただし、草間彌生の造形物は、本来の「アールブリュット」のカテゴリーには入らないようです。京都市立美術工芸学校でれっきとした日本画の美術教育を受けているという理由かもしれません。

手抜きも妥協もなく、ひたすら撃ち込まれていく〝点”の先にあるもの…

さて、テレビ番組「人知れず表現し続ける者たち」では、独自の作品を生み続ける3人の作家たちが紹介されていましたが、そのうちの一人の女性作家の絵は草間彌生の表現によく似ていました。無心で描くその作品には圧倒的なすごみと驚きがあります。草間彌生は「水玉の女王」などと評されたりもしますが、この方の描画の特徴はドット(水玉・点)の集積です。マーカーを使い、あのドットプリンターのように高速でカンバスに点を打ち付け空白を埋めていくのです。テーマは人間の性の根源を幻想的に描いたもの…とはいっても、とても言葉で表現できるような世界ではありません。まさに衝動的に手先から混とんとした「意味」が刻印されていく感じです。

2017年秋、フランスで日本の作家42人による大規模なアールブリュットの展覧会が開かれました。実は日本の障害者アートは、海外では高く評価されているのです。彼女の絵もそこで出品され、鑑賞者は皆一様にその絵の前でたたずみ、しばし圧倒されている様子が映されていました。私自身の正直な感情から言うと「困惑」に近いかもしれません。あるいは、精神科医が統合失調症の患者と向き合って、その症状から何かを読み取ろうとしている診断前の状況と言えるでしょうか。

昔から精神障害を持つ芸術家は多く、有名なところではフィンセント・ファン・ゴッホエドヴァルド・ムンクなどがそうです。ノルウェーの画家ムンクは、統合失調症の症状が重いときにあの有名な「叫び」という作品を描いています。そして病状が回復するにつれて芸術性の高い作品を描かなくなったと言われています。障害の特性が見事に生かされていた例でもあります。

T君の作品。2011年・第12回「心の美術展」絵画部門奨励賞受賞

ところで、私達なの花会の作業所にも時として芸術家が生まれることがあります。今は一般就労についているT君という青年。彼の担当は皮革を素材としたアクセサリー制作などでした。写真はストラップ用に作成した商品を、ある美術展に出品するために並べて額に飾ったものですが、この時は奨励賞を受賞し地元の新聞にも掲載されました。

彼に限らず、秘めた才能を持つ利用者さんはたくさんいます。適切な環境と、それを見出す確かな目を持った指導者、加えて、手にし得るチャンスさえ巡ってくれば、きっと誰でも大きく花開くときが訪れると思います。

「障害」は固定的なものでも否定的なものでもありません。人間の可能性を信じ続けることができるかどうかが、支援者としての我々に問われています。


NPO法人なの花会 相談支援員
精神保健福祉士 加藤峰生

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